|
5
スウィフトは悪意においてシュルレアリストである。
サドはサディスムにおいてシュルレアリストである。
コンスタンは政治においてシュルレアリストである。
ユゴーは馬鹿でないときはシュルレアリストである。
ベルトランは過去においてシュルレアリストである。
ポーは冒険においてシュルレアリストである。
ボードレールは道徳においてシュルレアリストである。
ランボーは人生の実践その他においてシュルレアリストである。
マラルメは打ち明け話においてシュルレアリストである。
ジャリはアブサン酒においてシュルレアリストである。
ヌーヴォーは接吻においてシュルレアリストである。
フオルグは雰囲気においてシュルレアリストである。
ヴァシュは私のなかでシュルレアリストである。
等々。
6
この超現実には鬼兄がいる。
ダダという、進歩を前提とした合理的近代社会へのアンチテーゼである。
トリスタン・ツァラが放り投げたナイフが突き刺さった辞書の言葉がこの
「おもちゃの馬」であったというエピソードからしておもしろく捻れ、ダ
ダ的捏造としてはシニカルなダダである。
7
中産階級の道徳観を否定した社会的有害物としてのかれらのひとり、釘を
打ち付けたアイロン=「贈り物」で美概念を挑発したマン・レイは、やが
て、デュシャンやピカビアとともにシュルレアリストに名を連ねる。
|