ロシアの近代化政策は、農業を犠牲にした工業振興であった。しかし工業化は行き詰まる。この時、農民に自由意志で共同体からの離脱を許し、自作農をつくりだし、皇帝に忠誠な農民をつくることで革命の防波堤としようとした男がいる。この男は進歩を信じていた。信念をもってロシアに我が身を捧げようと考えていた。事実、体制に引きつけた農民と豊作によってロシアに安定をもたらした。この安定のために、やはり血は流れた。

第1回国会が解散すると国情は騒擾と化した。
反乱とテロが続発し農村は暴動に塗みれた。過激分子は1906年に約1600人、翌年には3000人もの命をテロに屠った。政府高官、スパイ、そして無関係な人々も死んでいった。この男は戒厳令を発し、これらの過激派を軍事裁判にかけた。最初の4日間で600人を死刑に。数ヶ月の間に1000人以上を絞首台に送ったのである。絞首台の縄は、この男の名をとって、ストルイピンのネクタイと呼ばれた。ストルイピンもまたスパイでもある社会革命党員の凶弾に倒れる。1911年。この3年後、世界の火薬庫サラエヴォに火が放たれる。さらに3年後、ツァーリはこの国には存在しないことになる。ロシア革命。しかしながらこのあとの恐怖政治は、さらに夥しい血を流す。すべてはロシアの愛のために。


そうだ、君よ!
ニーチェが殺せなかった、いや殺さなかった神を
超人ツァラトゥストラの手で括らねばならない。

君よ、神を生かしておくからこういうことになる
愛の名のもとに流れた血を眺めてすべての神たちは祈る

いや、君よ、愛を棄てよう!
怖れることはない愛を殺しても自由は死にはしない
愛を殺せば神は死ぬ 血は流れても祈る救済は存在しないのだ
偽善よりも孤高であることだ

さあ、愛をその手で括り給え!
たとえ、その彼方に愛という幻想が立ち現れようと・・

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